もう2年経った。
「もうそんなになるんだ」という気持ちと「何だか遠い昔のようだな」って思う気持ち。
ちょうど半分ずつだ。
しかし、辞めたことを後悔していないし、辞めないと解らないことが多々ある。
一番、良かったと思うのは、じっくりと自分の人生を振り返ることができること。
自己受容
辞めてから今まで、メチャクチャ変わった。
自分で言うのも何だが、まるで全く違う人間のようだ。
生きるのが楽になった。
思考から、行動までまるで違う。
何より、自分のやっていることにOKが出せるようになり、自分が好きになってきた。
それは、子供の頃から50数年生きてきて、嫌いだった自分、受け入れられなかった自分を一つ一つ認めて、受け入れてきたからだ。
アドラー心理学で、自己受容呼ばれるものだ。
過去に悪さをした自分も受け入れ、酷いことをしてしまった自分も受け入れる。
これは、悪かったことを良いことに変えるわけじゃない。
ダメな自分、嫌らしい自分を嫌わずに認めるということだ。
その時の自分は、何か理由があって勇気が挫かれていただけなんだと。
実は、そうすることによって心が軽くなり、ドンドン変化できるようになるのだ。
錘が取れる
心の錘(おもり)が一つ一つ取れていくような感覚だ。
自分を受け入れることによって、自分が癒やされる。
自分を拒否している過去の自分がいると、自分を好きになれない。
すると、他人のことも好きなれないのだ。
自分が好きな人は他人も好き。
他人を憎んでいる人は、自分自身も心の底で憎んでいる、拒否しているのに気が付いた。
対人関係は「鏡の法則」だ。
もちろん、心の錘を簡単に外せたわけじゃない。
友人のコーチにセッションして貰ったり、ヒプノセラピーを受けたり、人の言葉からいろんな気づきを得たりetc。
Points of You®のセルフコーチングで気が付くこともあるが、大きな錘が外れるときは、やはり他人のお陰だ。
感謝の渦
それと関係しているのかもしれないが、時々何でもないことで「うあ〜っ」と猛烈に感謝の気持ちが押し寄せてくる時がある。
以前より、心に鎧を着る必要がなくなったからだろうか。
自分を受け入れることによって、そんな心の鎧も一緒に脱ぎしててしまったようだ。
そっか、この鎧というのは錘になって自分の心にまとわりついていたのかもしれない。
自分の心に鎧を着ている人は、自分だけじゃなく人にも鎧を着させてしまう。
そんな重い鎧は、脱ぎしてた方が楽なのに。
まとめ
とはいえ、自分の心の中にある錘はまだまだ残っている。
少しずつ、その錘や鎧を脱ぎ捨てて、次のステージへ行きたい。
Written by メタル(@Metal_mac)