他責の人はうつに罹りやすくて結局生きるのが辛くなる理由

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肩の荷

あいつが悪い!お前のせいだ!お前のおかげで!などなど、身の回りに人に責任を押しつけてばかりの人がいる。

なんだかね。

そういう人を見ていると、生きるのが大変そうだなと思う。

とても、苦しそうに生きている。

 

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責任を取りたくない

どうも、自分の責任にされるのが怖くて、人のせいにしているようなのだが、結局そういう人は人望がなくなるので、人が離れていく。

独りぼっちになって、誰も守ってくれなくなるので、ますます責められる。

という構図。

会社などで、それなりの地位に居るといろいろプレッシャーもあって、失敗してその地位を失うのが怖いから人のせいにするんだろう。

だけど、そういう人は、負のオーラをまき散らしているので、災難続きに。

地位が危うくなるようなことがやって来て、自分を守るつもりが、窮地に追いやられることになる。

しかし、他責がよろしくないのはそれだけではない。

 

脳は主語を判別できない

人を責めていても、脳は主語を判別できないので、心理学的には「自分を責めている」状態と同じ。

ダメ出しをされ続けると、人間は自己肯定感が下がってますますダメな人間になる。

そして、それが続くと「うつ」になる可能性が高くなる。

同じように、脳は主語を判別できないので、他責の人もうつになりやすい。

実は、約20年前、わたしがうつを発症したときも、他責の人だった。

「なぜできないんだ」「こうやるべきだろう」「何回言えばわかるんだ」etc

周りの人間がバカに見えた。

今思い出しても、嫌なやつだw

 

アドラー心理学との出会い

うつと言っても、幸い長期療養を必要なほどではなかったので、2〜3日休んだだけで職場へ復帰。

もちろん、職場にはただの風邪だと言っていた。

しかし、独りになると辛く落ち込む状態が続く。

当時は、単身赴任中だったので、仕事帰りは毎晩のように美人の女将がいる居酒屋などで一杯引っかけて変える日々。

タバコも吸っていたので、まあろくな生活ではなかった。

そんな状態が何年か続いた時に「アドラー心理学」と出会った。

嫌われる勇気」を読んだのだ。

今でも、あの本と出会わなかったらと思うとゾッとする。

それほど、わたしの人生を変えた一冊だ。

 

課題の分離

アドラー心理学は、一言でいうと幸せとは何だろうを突き詰めた哲学書といってもいい。

いろんな理論や考え方があるなかで、うつだったわたしの心を楽にしたのが課題の分離である。

この理論は、とかく誤解を受けやすいのだが「他人のことは放っておけという意味」ではない。

何か問題があったとき(アドラー心理学では課題という)、その責任は誰が取るのか?を考え、自分の責任において問題解決ができないのであれば、解決できるように応援はするが、あれこれ干渉しないようにするという意味だ。

つまり、自分の影響の及ぶ範囲以外のことを操作しようとするなということである。

例えば、子供が朝なかなか起きないとしよう。

このままだと学校に遅刻する。

親が、無理矢理起こして学校へ行かせようとする行為は「子供の課題に土足で踏み込む」行為だとして禁じている。

学校に遅刻する責任は、子供が取るもので親が責任を取るわけにはいかないからだ。

子供は、遅刻して格好悪い思いをするかもしれないが、どうしたら遅刻せずに済むだろうと、自ら考えるようになる。

逆に、親が起こして学校へ行かせるのが習慣になると、たまたま起こすのを忘れた場合どうだろうか?

子供は、起こさなかった親のせいにするかもしれない。

つまり、他責の人を作ってしまうのだ。

自分の責任を自分でとることができない人間にしてしまう。

子供を学校へ行かせるのは親の責任だ」という人がいるかもしれないが、転ばぬ先の杖を渡すなといわれるように、甘やかすことは子供から人生を切り開く勇気を奪い、自ら考える力を奪ってしまう。

「子供の成績=自分の評価」と考えているのではなかろうか?

なぜそう思ってしまうのか、自分に問いかける必要があると思う。

そして、人間は、押さえつけられると反発する。

「厳しく育てた」はずの子供ほど、何かしら心に問題を抱える場合が多い。

話が横道に逸れたので、元に戻そう。

 

積極的に諦める

課題の分離が腑に落ちてからは、積極的に諦めることにした。

それまでの自分が、自分の課題以外のところにまで影響を及ぼそうとしていたことに気が付いた。

つまり「他人の課題に土足で踏み込んでいた」のだ。

そして、自分の課題以外のことには、あまり干渉しないようにした。

自分でどうにかできる範囲のことはやる、もちろん協力できることはするが、他人のやることにあまり注目しなくなったとたんに、肩の荷が下りた気がした

それまでは、部下を監視していたように思う。

部下にも自分の価値観を押しつけて、無理矢理やらせようとしていたのだ。

課題の分離ができるようになってからは、アドバイスはするものの自由にやらせるようにした。

そうすると、自分も心が楽だし、部下も伸び伸びと仕事するようになった。

例え失敗してもめげずに職場で生き生きと仕事をするようになり、いい結果も出るようになったのだ。

そんな、良いスパイラル、シナジーが産まれた。

 

まとめ

大事なのでもう一度言うが、この課題の分離は、けして人を見放せとか、冷たくしろと言っているわけではない。

協力できることは協力し、応援できることは応援する。

だが、最終的には責任を取るのは誰か?と考え自分も他人も自らの責任を取る

そして、自分のコントロールできないことには干渉せずに受け入れる.

そう態度を変えることが、自分を変えることに繋がるのだ。

課題の分離を実践するようになってから、うつが快方に向かいだしたのは言うまでも無い。

Written by メタル(@Metal_mac

 

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54歳で脱サラして新しい生き方を探しています。 4人家族に愛犬(柴犬)りゅう太1匹 Apple製品の使いこなしや、話題を追いかけたり、伊勢志摩でユーザーグループを主催して活動してます。
心理カウンセラー・コーチ